2009年10月27日 (火)

30周年

「けやきの会」、30周年記念パーティー?の招待状が届きました。

「けやきの会」とは、犬伏の青年団の一つで、2003年の大地の芸術祭参加のときからずっと私をサポートしてくれる会です。初めて会の方々とお会いしたのは2002年の旧正月ですかね。今では私も会員の末席に名を連ねさせていただいております。

「連ねさせていただいて」とへりくだって言うのも、私は会の方々に負担と迷惑をかけるばかりで会のためには何一つ貢献できずにいます。にもかかわらず、けやきの人たちは私に本当に良くしてくれるからです。

30年。

30年前、私はなにをしていたかと思い出してみると、そのころ、なんとなく美術のなにごとかをするんだという、決心を固めたころでしょうか。それでもまだ美術予備校にも通わず中途半端な高校生だったころです。美術のなにがしたいか、などわかるすべもなく、それでも何とはなしに力みかえっていたいたようで、30年後の自分はおそらく絵を描き続けているだろうと思ってました。今思えば、高校でもさほど絵が描けるほうでもなく、なにを根拠にしてそんな想像をしたのかわかりませんが、どうもそのころから底抜けに楽天家だったようであります。

絵はほとんど描かなくなりましたがそれでも細々とモノを作り続けてこれたのは、周囲の理解と決して無理をしなかったこと、そして苦しいときに誰かが助けてくれたことです。

私の30年は要するに我がままの連続でしたが、気がついたら過ぎていた30年です。

「けやきの会」の30年はどの様な物だったのでしょう。

*しお*

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2009年8月11日 (火)

どうなるんだろう

8月もやがて中盤。大地の芸術祭もたけなわですね!

各地で地震や大雨。被害にあわれた方、心よりお見舞い申し上げます。

暦の上では立秋が過ぎたわけですが、この「暦」と言うのは陰暦の日付を太陽暦のカレンダーに当てはめているので実感としては随分ずれるんですとね。「新しい暦を考える会」とか無いのかしら。

とはいえ、そろそろコオロギ類も鳴き出して夏も(と言ってもちっともらしくないですが)随分すぎていくわけで、間も無く選挙です。麻生さん。「長崎原爆犠牲者慰霊平和記念式典」で「傷跡」を「しょうせき」と読んだそうです。いや、別に善いんです。漢字が読めなくたって。漢字読めなくったってえらい人はいっぱいいるし、逆もまたたくさんいるわけですから。

私が残念に思うのは、この話を聞いて「ああこの人はこの作文を自分で書いてないんだなあ」と感じてしまうところです。自分で書いた作文ならこんなふうな読み間違いはしないはずなんですけどね。

そういう人が首相である、その責任は有権者にあると思うのですが。

*しお*

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2009年3月 1日 (日)

冬枯れて

09301_003 3月になりました。

でもまだ冬かな?

今年は今日のような曇り空が非常に多かったですね。松代でもずいぶん雪が少なく、国体のクロスカントリーの会場になるとかで困ったのではないのでしょうか。

肋骨もどうやら繋がってきて病院へも行かなくてもよいことになりました。

気持ちだけでも春にしていかなくては。

*しお*

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2009年1月27日 (火)

腹が減って、

取りあえず傷みも和らぎ、レントゲン撮影も2週間後までなし。

なんだか最近、腹が減って仕方ありません。

去年の健康診断でメタボ予備軍判定をもらい、やたら歩き回り、自転車に乗って少しやせてきたのにすっかり元に戻ってしまいました。

動かないのに食べるのではそりゃ太るわな。

でもなんだか、この食欲は骨折を直すための欲求のような気がしてなりません。幸いウォーキング等もOKになったので、また歩き回るぞ。

*しお*

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2009年1月21日 (水)

もうイッチョ

毎週整形外科でレントゲン撮影。

毎回少しずつ角度を変えて撮ります。

「あれ!?」

肋骨がもう一本折れてました!!!

肋骨はぐるりと曲がっているので、角度によっては折れているのが分かりにくいらしい。

それで毎回ちがう角度で撮影してたのか。

骨がくっ付くのはまだまだ先です。しかしそれでも取りあえずは動けるわけですから、人間の体というのはすごいもんだ。

*しお*

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2009年1月 4日 (日)

食糧自給のことども その2

食糧自給のことどもの続きをまた書きます。

食料の自給率を上げるには、「なにを食べるべきか」を考えるべき、というようなことを前回書きました。

測量自給の低さを嘆きつつ、「あれを食いたい、あれは不味い」と不足を言うのはこっけいなことなのです。(もちろんこれは食文化を否定するのではありません)しかしこれは、自給率は低くとも、取りあえず食べ物が有り余っているからこそいえる贅沢なのです。

世界を見渡せば、ほとんどの人たちが毎日同じような物を食べているはずです。

日本人でさえ、数十年前までは「米」ばかり食べていたわけですから。もちろん栄養の偏りはあるわけですが、それでもまあ何とか生きているようです。たとえば江戸期、脚気は「江戸疫」といわれ江戸の風土病のように言われていましたが、これは江戸ではわりと「白米」を食べることが多く、ビタミンの欠乏から来ていたので(家定公も家茂公も脚気が原因で薨去したそうです)、田舎に帰ってまた玄米や麦を食うと結構治ることもあったようです。

しかし見かけだけは食べ物が有り余っている状況で、「あんたたち米をもっと食べなさい、出来れば玄米をな!」言われても「ああそうですか」てなわけにはいかないのです。私も自分一人がそう納得したとしても家族には嫌がられるでしょう。

とはいえ、世界的な食料危機は目前に迫っているといいます。必然的に「あれを食いたい、あれは不味い」といえなくなってくるはずなんです。

そんなふうに考えてみると、いますぐ食料自給率をあげることよりも、この先輸入できる食べ物が減ったときにどうするかを考えることが大事だと思うのです。

さて、もしそうなったときはどうすればよいかということは、また続きです。

*しお*

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2008年12月28日 (日)

食糧自給のことども

日本国の、食糧自給自給率の低さと昨今の「食」の安全の揺らぎをうけて、食料の自給率を上げようということが言われています。それらのことどもについて、少し書いてみようと思います。

良くこの問題が話し合われる中で、「減反などやめて、もっと米を作ればいいじゃないか」という意見がありますが、これは難しい問題を孕んでいます。

米を今よりも増産してもお米は確実に余ってしまいます。

宮沢賢治のしで「アメニモマケズ」という作品がありますが、この中に

「一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ」

という件があります。極めて控えめなこの理想的な人物がなんと「一日ニ玄米四合」を食べると書いてあります。また旧日本陸軍の兵隊は一日「六合」のお米が支給されていたと記憶しています。

しかし現在の社会で一日4~6合のお米を食べるという人がどれほどいるでしょう。三食三度とも御飯を食べる人でも、一日1,5合~2合程度だと思います(育ち盛りでまじめに運動している人はのぞく)。

賢治さんや、陸軍のころのように「おかず」をあまり食べなかったころはたくさんお米を食べていましたが、今はの食べ物種類が豊富になったのでお米を取らなくなっているのです。

しかも日本国のでは世界中のあらゆる種類の食べ物があふれているのです。

賢治さんや、陸軍のころはなぜ米ばかり食べていたのでしょうか。そして今なおお米が日本では主食でいるのはなぜか。それはやはり、「米」という作物が日本の気候風土によく合っていたからだと思うのです。

本気で食料の自給率をあげようというのなら、自分たちの暮らす風土にあった食べ物を食べればよいはずなんですが。

過剰な味の批評やランク付けなど滑稽なことに見えます。

続く。

*しお*

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2008年12月25日 (木)

0810_012 呆然としています。

ここ一ヶ月間の世の中の変わりよう、押しつぶされるような気持ちで。

また少しずつ」記事を書こうかとおもいます。

*しお*

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2008年11月20日 (木)

解禁だそうで。

今日、ボージョレなんたらが解禁だそうです。

国営放送のラジオニュースによると、日本国が一番消費量が多いそうです。

大丈夫かこの国。なんかこう、「足が地に着いていない。」そんな気がします。

*しお*

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